家族と私

スポンサーリンク
闘病ブログ

こんばんは!
今日はお天気回復しましたが寒いですね(>_<) 頭痛がひどく一日中寝てしまってました。 さて、昨日のことなのですが、実家に一昨日から泊まっていて、特に不調もなくお昼までは過ごせていました。 お昼ご飯も美味しく食べれて、買い物もできていたんです。

ところが実家戻ってきて少し寝て起きたら不安感がひどくなり、部屋で涙が止まらなくなってしまいました。

今になって不安感の原因を思い返すと、妹が年明けに実家を出ることになり、都内の良さげなお家を決めてきたことだったのかもしれません。
私と旦那さんは今金銭的余裕もなく、埼玉県の安くて狭いアパートに住んでいます。
そのことに対して両親から空気が悪すぎるとか狭すぎるとか色々言われたことがありました。
私たちだって別に好きでこんなところに住んでるわけじゃないのにと思いながらもいつも適当に愛想笑いで話を流していました。
妹の決めた家は間取りもアクセスもとてもよく両親も大賛成。

そんな姿を見ていたら、劣等感に苛まれ、旦那さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいになって不安になってしまいました。

たまたま旦那さんとその時連絡をとっていたのですが私の様子を知るなり、夜に予定があったのに実家にかけてくてくれました。
ずっと部屋に閉じこもっていたので、両親は寝てると思っていたらしく、旦那さんが来たのにびっくりしていたようです。

旦那さんだけ私の部屋に入り落ち着かせてくれ、その後私のことについて両親に話してくれました。

私は病気を両親に伝えてから体調不良な姿をなるべく見せないようにしていました。見せてショックを受けさせてくない、こんな娘嫌だって思われたくなかったのです。

でも、旦那さんはせっかくの機会だからきちんとこーゆー姿を見せてどう対処して貰えばいいかを知ってもらった方がいいと、、、

そうして、私の部屋に両親と旦那さんが入ってきました。

最初は何も話せずただ泣くばかり。
涙が止まりませんでした。
それから少しだけ話せるようになりました。

自分がこんな病気になって申し訳ない。
他人や妹はどんどん上手く生きていけてるのに自分だけ病気になってしまった。
なんでも上手くできてきたのに、どうして自分だけが病気なんだろう。
そんな話をしたと思います。(泣きすぎて記憶があまりないです、、、)

少しすると普段無口な父がいろんな話をしてくれました。
私の名前の由来について、人に助けられながら生きて欲しいと願ってつけられたこと。
いつも出来る子を演じてきたのに気づいていたこと、ただその負担が今一気に来てしまったということ。
もっと人に頼りなさい、わからない事はわからないと言えばいいということ。
他人と比べず、私は旦那さんと2人で進んでいくことだけをかんがえればいいということ。

今まで両親にはこれ以上迷惑かけたくないと色々と蓋をしてきたところがありましたが、こーやって話す機会ができて、少し肩の荷が降りた気がしました。

両親は両親なりに私のことをたくさん考えてくれていたのに、私がそれを拒んでしまってる面があったのかもしれません、、、

それを旦那さんがつないでくれた気がします。
両親にも旦那さんにも感謝しかありません。。。

その後は落ち着いて、安心したから寝ちゃいました(^^;;

この出来事をブログに書こうか悩みましたが、やはり病気のいろんな面を皆さんに知ってもらうことが私と旦那さんの希望なので、書くことにしました。

うつ病の波は些細なことで急に大きな波になることがあります。
そんな時自分ではコントロールすることができません。
周りの方の理解とサポートが本当に必要だなと身をもって感じています。

皆さんがそういう場面に直面することはなかなかないかもしれませんが、もし周りの誰かに少しでも異変があったら気にかけたり声をかけてもらえると良いと思います。

私達も日々試行錯誤で生活してるので偉そうなことは言えませんが、不安定になる時って何か原因があることが多いので、周りの人が声をかけてくれることによって何に対して不安になってるのかを自分で整理できたり、誰かに話したりすることで安心することができることもあります。

難しいことかもしれませんが、そういうこともあるということを知ってもらえたら嬉しいです。

本日もお読みいただきありがとうございました!

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

コメント

タイトルとURLをコピーしました